そんなになるんですね。
ベルリンの壁崩壊25年 新たな分断に懸け橋を(信濃毎日新聞)
高さ3メートルほどのコンクリート壁が道路沿いに延びている。ドイツに今も残る「ベルリンの壁」の一部だ。1カ月ほど前に立ち寄ったのは、日が暮れた後だった。明かりに照らされ、夕闇に浮かび上がる壁の脇を歩行者やヘッドライトをともした車が行き交っていた。ナチス・ドイツ時代にはゲシュタポ(秘密警察)の本部があった場所だ。今はナチスについての説明パネルなどを展示し、負の歴史を伝えている。ベルリンを東西に分断していた壁の崩壊から、きょうでちょうど25年になる。第2次大戦後、連合国に分割統治されたドイツでは、西側の占領地に西ドイツ、ソ連の占領地に東ドイツが成立した。壁は、東ドイツが西側の飛び地だった西ベルリンの周囲約160キロに築いたものだ。国民が西側に逃げ込まないようにするためだった。<見えない新秩序>大戦後の冷戦下、この壁を乗り越えようとして射殺されるなど少なくとも136人が犠牲になっている。様変わりした光景に歳月の流れを実感する。1980年代、ソ連の「ペレストロイカ(改革)」とともに進んだ東欧諸国の民主化が壁の崩壊につながる。89年9月には東ドイツ国民がハンガリー経由で出国することをハンガリー政府が認めたため、大量脱出が起きた。東ドイツで民主化要求デモが拡大する中、西側への出国を原則的に自由化する国境開放が発表される。89年11月9日のことだ。壁は住民らの手で次々に壊された。翌月には、米ソ首脳が冷戦の終結を宣言している。本紙は「欧州新秩序へ協力」との見出しで伝えた。笑顔で並ぶブッシュ(父)、ゴルバチョフ両氏の写真が時代の転換を印象付ける。それから四半世紀、新たな秩序は見えないままだ。
(後略)