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2014年7月10日木曜日

退屈とは電気ショックくらいに嫌なことらしい

 こんにちは、稲田商会です。

 私はそんなことないんですよね。

男は退屈より電気ショックを選ぶ:研究結果(wired.jp)
2014.7.7 MON
15分ほどひとりで何もせず過ごさせる実験を行ったところ、男性の場合は67%が、じっと考えにふける退屈より、自らに電気ショックを与える刺激を選んだ。 
(後略)



 元記事から引用します。

引用、ここから。
(前略) 
じっくり座って考える能力というのは、人間の特性のひとつかもしれない。将来について計画するにも、過去を詳しく思い出すにも必要なスキルだからだ。しかし一方で、人間はそのような行為を嫌い、ひとりで何もせずにじっとしているくらいなら、自分に電気ショックを与えるほうを選ぶ傾向があることが、最新研究で明らかになった。
(中略)
次に研究チームは、独りで座って「思考」させられた人々が、何らかの刺激を求めるために、どこまでのことをするかを調べた。一部の被験者には軽い電気ショックを与え、「この電気ショックを避けるためならお金(5ドル)を払ってもいいと思うか」と質問した。ほとんどの被験者は払ってもいいと答えた。
その後被験者は、「希望する場合はさきほどの電気ショックを使ってもよい」と告げられてから15分間ひとりで何もない部屋に入れられた。すると、男性被験者の67%(18名中12名)が、ひとりで過ごす退屈さを避けるために、最低1回の電気ショックを自らに与えた。また女性被験者も、1/4(24名中6名)が自らに電気ショックを施した(平均は1.47回。なお、中には15分間に190回もの電気ショックを与えた男性被験者も1名いたが、この被験者のデータは平均から除外されている)。
「15分間ひとりで考えごとをするというのは、多くの被験者が、『お金を払ってでも避けたい』と事前に言っていた電気ショックを自らに与えてしまうほどに嫌悪感を覚える行為のようだ」
(中略)
われわれはスマートフォンや電子メールが面倒だと文句を言っているが、実際にはそれらがもたらす気晴らしを楽しんでいるのかもしれない。さらに視野を広げて考えてみると、今回の研究結果は、17世紀のフランスの哲学者ブレーズ・パスカルの次の言葉を思い起こさせる。「あらゆる人間の不幸は、たったひとつの原因に由来する。その原因とは、人間が部屋でじっとしていられないことだ」
※研究者は、「自発性を発揮できず、自分がコントロールしているという感覚を持てない環境」が嫌われているのかもしれないと考えており、次の実験ではその点を調査する予定だという。「精神は世界と関わるようにデザインされており、瞑想などの訓練を受けない限り、ほとんどの人は外的な活動と関わることを好む」と、研究者はリリースで述べている。
引用、ここまで。

 少しでも時間が空くことが許容出来ない方っていますよね。
 というか、自分の意志で時間が空くのは許せても、自分の意志でない他の方の都合で時間が空くのは許せない方、でしょうか。

 おそらく、何もしない時間を楽しめるのは、楽しむ方法や道具を既に頭の中に準備出来ており、それを使える方なのだと思います。
 その意味では、本当に何も無い状態でしばらくじっと座っている(頭の中でも何もしない)ことは、ほとんどの方には難しいことでしょうね。

 以前、「人は何故眠るかを説明するのは難しい」との話を聴いたことがあります。
 それは、眠らなくても大丈夫な方がいたりするからです。
 その方が言うには、「人間の基底状態が眠っている状態」として「人は何故起きるのかを説明ことは簡単」とのことでした。
 この説に則ると、人は起きている時は何らかの目的なり必要性があって行動していることになり、そのためには何らかの外的な活動と関わる必要があることになります。
 人は動物ですから、必要な事は好ましいことに感じる方が行動し易いでしょう。
 それで、起きている時は何らかの外的な活動と関わることが好ましく感じるのではないかと考えられます。

 だからといって、外的な活動に関わることを選考しすぎて、内的な思索を行わないのはどうかと思えるのですが、どうでしょう。
 ま、他の方の考えをあまり理解しない私ですから、なんとも言えないんですけれどね。

 それでは、今回はこのへんで。

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